わすれもの

 

「京子ちゃん、ハンドバッグはどこに置いてきちゃったの?」

「あ!」

「平井駅に戻ってみましょう」

「わたちの たからが はいっていたのに……

京子ちゃんは泣きそうになりました。

 

 急いで駅の改札に行ってみました。

「この子のハンドバッグありませんでした?」

平井駅の、いかつい顔をした駅員さんの口元が、ニッとほころびました。

「ありましたとも! お母さん、大事なものを落としては困りますね。ちゃんと監督してくれなくっちゃあ。こっちに来なさい!」

この人怒っているのかしら? 

こわごわ駅長室に入ると、

「中身を確かめますよ」

その駅員さんはおもむろに拾遺品のノートを広げて読み始めました。

「小石! ガムの皮! 鳥の羽! 結婚式の献立表! 水引き! 蝉のぬけがら! 歯!ん? これは上の歯かな、下の歯かな? こんなにたくさん忘れて、書き切れないじゃあありませんか。ったくもうぅ」

駅員さんは小さな欄に、ハンドバッグの中身を一つ一つ細かい字でぎっしり書き込んだノートを、いたずらっぽく見せてくれました。

……すみません……

「すみませんでは済みませんよ。こんな大事なもの忘れて! これからは、ちゃんと気をつけてもらわなくっちゃ! 

お母さん、いいですね!」

 

 京子ちゃんは、返してもらったハンドバッグを片手に持ち、もう一方の手でお母さんのスカートの裾をしっかり握っています。

 精一杯怖い顔を作った駅員さんの目は、笑うまいとして一生懸命頑張っていました。

 

 あれから20年、平井駅を通るたびに、心がほんのり温かくなります。

 

ぽぽちゃんの帽子

(籐工芸指導 林純子 先生)

 

 

背景・写真AC©you_gg