シーラさんの薬局・春編
(絵・発地 博子)
今日は待ちに待った小金井商店街のオープニングフェスティバルです。
高さ10メートルの乳白色・半円形のアーケードに、けやき並木の萌え出たばかりの緑がよく映えます。黒、赤、茶の天然石が敷きつめられた歩道が、春の柔らかな陽射しに輝いています。ひときわ高いドームを架けた中央憩いの広場の花壇には、色とりどりのパンジーが植えられ、12個の釣り鐘を付けた時計は、時報と共にきれいなメロディーを流します。その脇には自由の女神のブロンズ像が建ち、歩道にある赤いしゃれた電話ボックスは、歩行者の目を楽しませてくれます。
歩道は近くから繰り出した沢山の見物客でひしめきあい、身動きもままならないほどです。アーケード全体に張られたオープニングテープを皆で一斉にカットして、ギネスに挑戦です。
歩行者天国の通りでは、消防音楽隊が賑やかに練り歩きます。
広場特設ステージでは、地元のバンドがリズミカルなジャズを演奏しています。お笑いタレントは楽しいコントでフェスティバルを盛り上げ、歌手は次々とショーを繰り広げます。5人の戦隊ヒーローはサイン会をして、ちびっこたちの夢を膨らませます。
のぞみ薬局もこの日に合わせて大売り出し。翌日には、ガラガラになった棚と倉庫に嬉しい悲鳴をあげました。
* * *
3月1日は棚卸しの日です。この日が近づくと、店の商品1つ1つを念入りにチェックして、古い物や売れないものを外して整理をします。短時間で棚卸しを済ませるため、本部やメーカーの人に応援を頼みます。店の者は援軍の来る前、9時半頃には店に入らなければなりません。
今日は私の公休日、日曜日ですが棚卸しの日ばかりはそんなことも言ってはいられません。朝早く起きて、炊事、洗濯を済ませます。ふと時計を見ると9時25分。わっ、大変!バスで行っていたら間に合いません。自分で車を運転して行っても、駐車場に入れるのに時間がかかり とても5分では行けません。そういえばさっき主人が起きだしてトイレに行く音がしたようです。
「お父さん! 大変、大変、遅れちゃう! 車で薬局まで送って行って!」
「しょうがないなぁ」
主人がトイレから飛び出してきました。
大騒ぎで家を出て9時30分、店に滑り込みセーフ!
周りを見回すと、本部のお偉方やメーカーの人たちが勢揃いしています。こんなときに遅刻などしたら大変でした。
いよいよ棚卸し始めです。
コンピューターに連動する機会・ジャンタッチを腰と腕に巻きつけて、ペンのような形をした読取り機械・ペンリーダーで商品の前に貼ってあるコードをなぞります。
『ピッ!』と音がすると、その数が腕につけたジャンタッチに打ち込まれます。
私は、薬と50種類くらいある歯ブラシと調剤室、細かいところばかりの担当です。2時間も数え続けると頭が疲れて訳が分からなくなり、数を間違えたり、2度打ちしたり、しどろもどろになってきます。
12時終了です。メーカーの人には、金一封お礼が渡されます。
店の者は近所のレストランに繰り出します。豪華なドライフラワーを飾った大テーブルに座り、ご苦労様会をします。男の子の1人は、この時のために新調のスーツを着込んで皆に見せびらかします。女の子たちに褒めてもらって満足そうです。いつもは白衣の下に隠れて見えないからです。
午後1時から開店です。
店を開けると お客さんがドッとなだれこんできます。店の中の片付けと接客で おおわらわです。
おや、ドサクサに紛れてドッグフードコーナーから犬が骨をくわえて持って行ってしまいました。大きな強そうな犬なので、見送るしかありません。
化粧品売り場の女の子がマニキュアの色見本が無くなったと騒いでいます。男の子が頭をかきかき
「俺さっき、それ売っちゃったよ、500円で。だってお客がそれ売ってくれって言うんだもの」
「あら、まぁー、500円って書いてあったのはマニキュア1本の値段なのよ」
人相の悪い、ドスのきいた顔をしたお客さんが
「さっき確か1万円渡したのに5千円分のお金しか貰っていない」
と ねじこんできました。1時間前に接客した人です。
「いいえ、確かにお渡ししたはずですが」
癖のありそうな人だったので、その時の事を鮮明に覚えていた私は答えました。するとその人は急に怒り出し
「じゃあ、家にきて身ぐるみ捜してもらおうか! この財布にも入っていなければ、ポケットにも入っていないんだ!」
「後でレジを合わせましたら ご連絡しますから、お電話番号を教えてください」
「何を言うか! 俺が間違っているとでも言うのか!」
と怒鳴り始めました。
お客さんはズラーッと並び大入り満員です。レジが空かなければ合わせることができません。お客さんが引くまで1時間はかかりそうです。
(釣り銭詐欺だ!)
下手にかかわりあうと何をされるか わかりません。私は弁償を覚悟で5千円札を渡しました。
「わかりゃぁいいんだ、わかりゃあ」
その人は肩を怒らせて帰りました。
お客さんが まばらになった頃、レジを合わせてみたら、やっぱり5千円不足していました。
忙しい どさくさした時にかぎって こういうことがおきます。向こうもプロなので こちらの弱点をよくつかんでいます。
毎度のことながら、棚卸しの日はぐったり疲れます。
棚卸しの騒ぎもすっかり納まった夕方、見慣れないおじいさんが明礬(ミョウバン)を買いにきました。品物を渡すと懐からお団子を出して
「食べてみなさい」
と言います。
1つはあんこ、1つは黄な粉がまぶしてあります。
「じゃが芋を擦りおろしたものに明礬を混ぜて作ったんですよ。私が発明したんです」
「食べ物屋さんですか?」
「いいえ、機械屋ですよ。でも団子屋に食べさせたら旨いと驚いていましたよ」
おじいさんは額から汗をたらたら流しています。病気持ちなのでしょうか。
「おいしいから1つ食べてごらんなさい、ほら」
私には嫁入り前の娘が2人いるので、まだ死ぬわけにはいきません。致死量にならないようにほんの少しかじりました。
「おいしいですね。ねっとりとして本物のお団子のようですね」
「そうでしょう。じゃあ もう1つの方も」
私の食べっぷりがあまり悪いので、向こうから歩いてきたアルバイトの男の子を指差し
「あの子にも」
と言います。
「えっ! 僕食べていいんですか?」
男の子は大喜びでお団子を頬張ります。そのおじいさんは嬉しそうに
「これ置いていくから皆さんで食べてください。お宅の明礬、そのうちに全部買いに来ますからね」
と帰って行きました。
「ねぇ店長、休憩室にお団子置いときますから食べてくださいね」
何も知らない店長は、お腹が空いたと言っていくつも食べました。大丈夫かしら……。
次の朝、店長もアルバイトの子も元気な姿を現しました。
本当に毒入り団子でなくて良かった!
* * *
バスに乗ろうとして道路に出ると、車がズラーッと渋滞しています。よく見ると先頭を小さな犬が懸命に走っています。全力で走っているのに小さいのでいくらも進みません。その後ろから車が困ったように、時々警笛を鳴らしながら徐行して ついていきます。
「こっちにおいで」
手をパンパン叩いて声を掛かけてみましたが、犬はひたすら真っすぐに走っています。
その車は広い道路に出て、やっと犬を追い越すことができて、渋滞が直りバスが来ました。
おかげで10時ぎりぎり入店です。
今日はホワイトデー。
店の女の子と共同で配った義理チョコのお返しが、あちらからもこちらからも届きます。ハンカチあり、キャンディーあり、温めると愛の言葉が浮き出るペンシルチョコあり、当分おやつは買わなくて済みそうです。
店長のお返しがまた素晴らしい。奥さんと2人で作ったクッキーです。形は悪いが味は絶品。ミルクやバターがたっぷり入っているので、3つも食べるとお腹がいっぱいになります。
休憩室に置かた手作りクッキーは1週間も皆の舌を楽しませてくれました。女性一同
「このクッキーを食べるため、また来年も忘れずに店長にチョコをあげましょうね」
と固く約束をしたものでした。
休憩室から出てくると、体格の良い奥さんがぷりぷり怒ってこちらにやってきました。
「この化粧品のふた、開かなかったので旅行中使えなくて大困り!なんでふたの開かない化粧品なんか売ったの! お金を返してください」
「まあ、すみませんね。ちょっと貸してください」
化粧品のふたをひねってみました。
「カパッ」
ふたはお客さんの目の前で簡単に開いてしまいました。
お客さんは自分の太い腕と、私の痩せた腕をしばらくみつめていました。
「あら、恥ずかしいわ。私って力がないのかしら。ゴムやらなにやらで、いろいろやってみたんですが、どうしても開かなかったんです」
「お金はお返ししなくてよろしいのですか」
「ええ、開きさえすればいいんです。あらどうしましょう、恥ずかしいわ」
さっきの勢いはどこへやら、お客さんはスゴスゴと帰って行きました。
「シーラ先生のパワーすごいねぇ」
一部始終を見ていたアルバイトの男の子は、店の隅でお腹を抱えて笑っています。
しばらく私の力自慢に花を咲かせていると、メーカーの人が薄毛に効くといういう面白いブラシを持ってきました。
大昔の人にハゲが少なかったのは、頭を風雨にさらして いじめていたからです。それで毛生え薬をつけてこのブラシで叩いて いじめると、ぬくぬくと埋もれていた毛がびっくりして生えてくるというわけなのです。ただ叩くだけではつまらない、300回目に『ピッ』と鳴ると励みになるだろうと、このブラシが発売されました。いたずら好きの若い子たちはワッとこれに飛びつきました。それ以来、暇さえあれば頭を叩いてピッという音を楽しんでいます。
このブラシ、宣伝ほど売れていません。あまり傑作なので買いに来るのが恥ずかしいのでしょうか。人知れず手入れをしたいのに、音が出るのでは都合が悪いのでしょうか。
「シンナーくれよ」
目付きの悪い人が入ってきました。
「ハンコお持ちですか?」
「そんな物はねえよ」
「一応規則で、ハンコがないとお売りできないのですが」
「なぜだね」
「シンナー遊びをする人がいるので、保健所からそういう指示が出ていますので」
「俺がシンナー遊びするように見えるかね。ハンコなんかそんな面倒なものはねえよ。誰がこんな店で買うもんか」
お客さんは たんかを切って店を出ていきました。
悪用されそうにもない人には、ハンコを忘れても拇印で売るのですが、質の悪そうな人には規則を盾にとって売らないことにしています。後で問題を起こされると困るからです。
おや、いつもくる おばあさんが、また大学目薬を買いにきました。お孫さんが何人もいるというので、景品の玩具があるときはいつも袋に入れてあげます。今日はまた一段と嬉しそうにそわそわしています。手提げの中から本を取りだし
「私の息子が書いたのですが読んでください。贈呈します」
息子さんの職業はコピーライター。マラソン人生を書いた主婦の物語でした。その他、刑務所に何度も通い、犯罪についての本も出しているとのことでした。
白髪頭を無造作にゴムで縛り付け、なりふり構わない どこにでもいる おばあさんだと思っていたのに、こんな素晴らしい子を育てた人なのかと改めて見直しました。
* * *
「えっ? ポップって何ですか?モップなら知っていますが」
「何だって? ポップを知らない。そら、ここに張り付けてある商品説明の紙だよ」
また店長が新入社員とやりあっています。4月になり新入社員が入ってくると、慣れている人まで調子が狂ってきます。
お客さんが大勢レジに並んでいるのに、新入社員はボーっと立ったままです。きっと何をしてよいのか わからないのでしょう。小声で
「あちらのお客さんをお願いします」
と指示すると、大きな声で
「あちらのお客さん!あちらのお客さん!」
と呼ぶではありませんか。アチラのお客さんは目を丸くしています。これではダメだと自分のお客さんも早々に、アチラのお客さんに
「すみません。まだ入ったばかりなので」
と取り繕って要件を聞き直します。
片方の耳で自分のお客さんの応対をしながら、もう片方の耳で新入社員のすることに気を配らなければならないので、神経が倍疲れます。
「ありがとうございました。どうぞお大事になすって……ええと……なさってくださいませ」
新入社員がやっと1人のお客さんの応対を無事済ませました。
「ああら、うまくできたじゃあないの」
すかさず褒めて自信をつけさせます。
「力仕事をした後なんかは、ドリンク剤を飲んで一息ついてくださってもいいのよ。ズーっと緊張していると晩までもちませんからね。ドリンク剤はもちろん自分払いですけどね」
「はい、社員教育の時 教わりました。レジのお金に手を付けてはいけないと。初めてレジのお金を見た時はグラッときましたけどね」
「…………」
新入社員が、勉強会に行き試験問題を貰ってきました。
「海棠(かいどう)ってなんですか?」
「何だったかしら……ええと……忘れちゃったわ……海……ウミウシのことかしら……ほら、昭和天皇が研究してらした……最近これから何か発見されたのかしら?私の時は教わらなかったわ」
家に帰って百科事典を引いてみたらバラ科の植物でした。そういえば向かいの家にこの間まできれいに咲いていましたっけ。失敗!失敗!
* * *
5月だというのに今日はやたらと暑く、クーラーはフル回転です。皆の騒ぐほうに目をやると、おやおや大きな犬がクーラーの風がちょうど良く当たる入り口のところで、気持ち良さそうにノホホンと寝そべっているではありませんか。お客さんは苦笑いしながら、こわごわ側をすりぬけて入ってきます。犬はしばらくそこで涼んでいましたが、あまり人通りが多くて落ち着いて寝ていられなかったのでしょう。のっそり起き上がって、どこかに行ってしまいました。
「このトイレットペーパー安いわねぇ。12個で198円なの」
そう言いながら中年の奥さんが入ってきました。
「でも私、これから電車に乗って帰らなくちゃあならないので、紙に包んでいただけませんか」
これは原価ぎりぎりで売っている特価品なので断りたかったのですが、特別サービスで包んであげました。
「こんなの恥ずかしいわ。すぐトイレットペーパーだと わかってしまうわ」
奥さんは包み方が気に入らなかったとみえ、店のセロテープをふんだんに使ってあちこち貼り直しています。 それから手提げ袋の中身を全部出して、長い間かかって詰めかえ、やっと出て行きました。
1時間ほど経って、ふと棚を見ると食パンを1斤置き忘れています。電車で帰ると言っていたので多分取りにこないだろうと、古くならないうちに皆で食べてしまいました。
それから5日後、
「あのぅ、お宅にこの間パン忘れていきませんでした? まだ かびがはえていないようでしたら、今日銀行に行く用事があるので取りに行きたいのですが」
あの奥さんから電話です。 大変!急いで近くの店にパンを買いに走りました。 本当にしっかりした奥さんです。
「サロンパス下さい」
いつも来る おばあさんです。
「主人がね、腰が痛いので貼りたいんですって。本当は胃がんなんです。本人知らないので貼り薬で治ると思っているんです。見てるとつらくて、つらくて」
「じゃあ、この間胃潰瘍で入院なさったのは、実は胃がんだったんですか。ここに貼り薬の試供品がありますからどうぞお持ちください。奥様も大変ですねぇ」
おばあさんは 深い溜め息をつきながら帰って行きました。
あの おばあさんから、良く手作りのお漬物をいただきます。とてもおいしいのですが、塩辛いので少ししか食べられません。
私は『がんと食べ物の関係』という講習会のことを思い出しました。 亜硝酸塩が沢山入っている食べ物、つまり燻製、ピクルス、塩漬けを食べ過ぎると胃がん、食道がんになりやすくなるというのです。
脂肪分を良く食べる人は、乳がん、子宮内膜がん、前立腺がん、大腸がんになりやすく、タバコは口腔から呼吸器にかけてのがん、膀胱がんにとくに有害だそうです。
しかし繊維をよくとると大腸がんは予防でき、蜜柑、味噌汁、緑茶は胃がんを予防する働きがあるそうです。 その他、アリウム属の玉葱、にんにくはあらゆる発がんを予防し、緑黄色野菜は、がんの原因になるフリーラジカルを消去する働きがあるビタミンE、C、ベーターカロチンを含んでいるので、なるべくとるように心掛けたほうが良いということです。
新入社員がレジの側に来ました。横で袋に詰めてもらっていると、
「ゴミが入っていました」
とこの間、私が折り畳んで入れたチラシを、摘み出すではありませんか。
「それは広告の為に入れた紙なのよ。そのまま品物を入れてください」
「でも、この紙が入っていると品物がうまく入りません」
「どら、貸してごらんなさい。慣れればすぐ入りますよ」
「あらら、ほんと!」
袋詰めは簡単そうに見えますが、慣れないうちはなかなか難しい仕事です。
ここは薬局なので、ちょっとそこで転んだとか、小さなトゲが刺さったとかいって、手当てをしてもらいに人がよくとび込んできます。薬事法では治療をすることは禁じられていますが、人情としては断るわけにはいきません。無料で手当てをしてあげると、大抵の人は申し訳なさそうに消毒薬くらいは買っていってくれます。
人品卑しからぬ紳士が、店にすっと入ってきて一回りして出て行きました。どこかの薬局の店主が偵察にきたのでしょう。
こちらも近くに競争店ができると、何か1つ買って、その店の会員になりすまし内情偵察をします。あちこちの目が光っているので、少しでも協定違反をすると すぐ摘発されてしまいます。
フリージア・ラナンキュラス・スイトピー
(ちぎり絵・大白泰子)
* * *
ガッガッガー ビッビッビー ドドーッ
薬局の隅にサンドイッチ屋さんができることになりました。アメリカのドラッグストアのまねです。 賑やかな工事の音も終わり、やっと開店です。
ここでサンドイッチを食べ過ぎてお腹をこわした人は、その足で薬局に来て胃腸薬を買うという段取りになっています。でもそうは問屋が卸さず、近くにおいしいパン屋さんが沢山あるせいか売れ行きは振るわず、閉店後、山のように売れ残ったサンドイッチをいやというほど食べさせられる羽目になってしまいました。
「借金で首が回らなくなったんだよ。タイガーバームって効くかい」
サンドイッチ屋さんは、ときどき肩こり薬のタイガーバームを付けていましたが、借金には効かなかったと見え、3か月目にとうとう潰れてしまいました。こんな繁華街でも商売とは難しいものです。
「二日酔いに効く薬ある? 俺よぅ、頭ガンガンするんだ」
憂欝そうな顔をして隣のパチンコ屋のおじさんが入って来ました。
「このお薬は二日酔いばかりでなく、肝臓も丈夫にします。のんでいるうちに元気が満ち溢れ、お肌なんかもつるつるになりますよ」
「もう、今頃つるつるになっても遅いよ。でもこれもらっていくよ。そうそう、この間貰った入浴剤のサンプル良かったよ。あれ良く温まるねぇー。あれも貰うよ」
「ああ、あのとき差し上げた黄色い袋に入ったのですね。はい、1箱2000円です」
「ひやぁー、高いね。差し上げた分の値段まで入っているんじゃあないの? ま、しょうがないか。買っていくよ」
常連のおばあさんが入って来ました。
「サロンパス下さい。昨日、法事で親戚が集まったもんで、腰が痛くなっちゃって。みんな歳を取ってしまって、ドッコイショ、ドッコイショって、あっちからもこっちからも聞こえるのよ。スミちゃんだのサッちゃんだの呼び合ってるけど、みんな70才過ぎてるの。歳は取りたくないものねぇー」
「これ、いま話題の魚に入っているというEPAとDHAですか」
「そうです。これはコレステロールを下げる働きはありませんが、中性脂肪を下げ、血圧を下げるんですよ。あと、ナトリウムを制限なさると血圧が下がります」
「私、コレステロールが高いんですけど」
「高コレステロールには大豆蛋白なんかがいいんです」
おばあさんは、珍しそうに健康食品を眺めて帰っていきました。
後ろで待っていた若い女の人が言いました
「母の日にコルセットをプレゼントしたいのですが見せてください」
「これは後ろに磁石が付いているんです。血行が良くなって痛みが取れます。磁石が大きすぎてお嫌なら、この丸くて小さいのですと気になりませんね。ボーンだけのもありますよ。うちのおばあちゃん、コルセットが苦しい、苦しいってジャキジャキに切っちゃって、後ろにホカロンを入れる袋までつけて改良しちゃったんですよ」
「うちもなんです! あんまりボロボロなので、新しいの買ってあげようと思って」
「骨粗鬆症なんですか」
「そうなんです。でも今頃カルシウムをとっても手遅れですよね」
「そんな事はありませんよ。カルシウムとビタミンD3を一緒にとると6か月くらいで効果が出てくるそうですよ。1日に1000から1200mgくらいなら予防のためにおのみになるとよいですよ」
「じゃあ、D3入りのカルシウムも買って帰ろうかしら」
「ビタミンD3は脂溶性なので、油分と一緒にとると吸収が良くなります。カルシウムはお腹の空いたときにのむと胃がもたれますので食後にのんでください。それから、亜鉛、ミネラル、蓚酸はカルシウムの吸収を悪くしますので一緒にとらないでくださいね」
女のお客さんが入ってきました。 もみ手をしています。そのうち何かを言うだろうと、じっと待っているとイライラした顔で、
「何? まだわからないの? あれよ。あれがほしいのよ!じれったいわね」
手の甲を激しく擦っています。
「ハンドクリームですか」
「そうよ」
「こちらですが」
「まあ、お宅にはろくなハンドクリームがないのね。もおぅ、いらないわ!」
夕べ、夫婦喧嘩でもしたのでしょうか。
暗い顔をした女の人が近付いてきました。
「家の子供、背が伸びないって悩んで、私に当たり散らすんです。何をのんだら背が高くなるでしょう」
「何センチ位なんですか」
「168センチなんです」
「悩むほど低くはありませんね。思春期のお子さんは他の悩みを、何か一つのことに振り替えて悩むことがあるんですよ。どなたかお子さんの気の許せる方に悩みを聞いてもらうように仕向けてごらんになったら?」
「そうですね。そうしてみますが、カルシウムなんかどうかしら」
「のまないよりは良いと思いますが、お持ちになりますか」
「くださいな」
あの気取り屋の おばあさんです。
「はぁーい」
「まあまあ、小鳥さんのように綺麗なお声ですこと。オホホ……。貼るホカロン下さいな。あなたは私の息子の嫁と同い年、他人とは思えないわ」
心地好いお世辞につられて、貼るホカロンと一緒に、つい景品もたくさん袋に入れてしまいます。
「これがマッサージャーなの。スイッチ一つで肩揉みができるのね」
「気持ち良いですよ。そう言えばこの間、猫がうれしそうにマッサージャーを当ててもらっているのをテレビで見ましたよ」
「オホホ…… これが強で、これが弱、ここで止まるのね」
「ふくらはぎも、だるい時は楽になりますよ」
「頭なんかどうかしら」
「脳味噌がばらばらになりそうですね」
「これ以上ばらばらになったら大変、大変」
おばあさんは マッサージャーでさんざん遊んで、楽しそうに帰っていきました。