シーラさんの薬局・プロローグ

 

 

(絵・発地 博子)

 

 私の勤めている『のぞみ薬局・小金井店』は、千葉県船橋市小金井駅前にある店舗面積40坪程の大きな薬局です。店員は全部で8名。東京、千葉、埼玉にかけて20店舗あるチェーン店の1つです。店員は、その20の店の中をぐるぐる転勤して回り、1年に1度くらいは ほとんどの人が入れ替わってしまいます。

 

 私は高校と中学の2人の娘を持つ家庭の主婦であることもあって転勤がなく、この店に10年以上もいるシーラカンス的存在の薬剤師です。

 名前は 松原かほる。でもシーラカンスの『シーラさん』とか、良くても『シーラ先生』とかいわれていて、誰も本名で呼んでくれる人はいません。「シーラってどういう字を書くんですか?」なんて真面目な顔で聞いてくる人もいるほどです。

 

 店に来るお客さんで薬の名前を漠然と覚えている人が多く、まるで毎日なぞなぞをしているようです。

 この間なんかも男の人が

「『瞼(まぶた)の母』をくれ」

と大真面目で言うのです。

「瞼の母?!!」

「女房に頼まれて来たんだ。いつもここで買っているんだそうだ」

「瞼の母ねぇ……もしかしたら女性の保健薬の『命の母』では?」

「それだ、それだ」

 

 それに言い違いもあります。

「ネクタイをくれ」

「ネクタイ?!」

「ほら、風邪を引いたときにするやつだよ」

「ああ、マスクですね」

 

 そして、常連のお客さんの買うものも良く覚えておかなければなりません。

「馬のションベンをくれ」

と言われたらドリンク剤を出さなければなりませんし、

「永井のフリカケをくれ」

と言われたら胃腸薬を出さなければなりません。

ヤクザ風のお客さんに

「いつものをくれ」

と言われてもたもたしていると、

「俺の買うものが わからねえのか!」

とすごまれたり……

ボーっとしていて相手の買いたいものが分からないと、売り損なってしまいますので、こちらも真剣です。

 

 そうそう、忘れ物なんかも傑作があります。

    ドリンク剤を飲んで、杖を忘れていく人がいるのです。いかにドリンク剤がきいたか、証のようなものです。

 買ったばかりのパンをそっくり うちの薬局に忘れていく人。これなんかは翌日には、店の誰かのお腹に納まってしまいますが。

 

「お金が空から降ってくればいいな」と給料日前になるとよく思います。

 とうとうこの間降ってきたのです。薬局の路地に、2万円ほど丸めたお札が捨ててありました。ところがいざ現実にそんなことが起こると気味の悪いもので、泥棒が証拠隠しに捨てたのだろうか、何だろうかと拾った人は、おっかなびっくり警察に届けに行きました。結局落とし主が分からず、1年後には皆の飲み代になってしまいました。

 それからというもの、夢よもう一度と皆で目を皿のようにして路地を探しましたが、それっきり捨てる人はいなくなりました。

ポプリの家(指導・松本恵子 先生)